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33. モデルベース開発のシンボルマーク


 これまた、多くの方にはどうでも良い話であると知りつつ、私の会社の赤いシンボルマーク、ロゴ、について少しだけ面白い経緯を話してみたいと思う。



 実は、このロゴは、自分の会社のためにデザインしたものではなく、JAMBE、ALLJAPANで設立された、MBD推進センター(Japan Automotive Model-Based Engineering center)のシンボルマーク案として私がデザインしたものだった。i-Models の文字部分が、JAMBE となるのが原案。



 イメージは、水平線から昇る日の出の太陽、そこにモデルベースのMの文字を入れたもの、モデルベース開発の普及と発展を願ってのデザイン意匠。Mを背景と同じ白い色で抜くこともこだわった点で、絵画で言うところの負の形を描いて、正の形を浮き上がらせる技法。Mは描いているのではなくて、塗り残しているともいえるし、背景の空気に溶けて一体となっているともいえる。人によっては、これがMと見えなくて、赤い三角と扇型の集合体に見えると言うことも、おもしろい、心理学だまし絵のような表現でもある。

 この負の形で描くと言うやり方は、昔から好きで、30年前に私のチームで開発したデータ解析ツールのロゴも同様に私がデザインしたが、赤い四角をVTの文字で抜いたものだった。



 話が長くなったが、では現在のJAMBEのシンボルマーク(下記画像)が、なぜこれと違うんだ? ということになる。



 JAMBEのシンボルマークを決める当時、私は、JAMBEの企画統括委員会 の委員長を務めていた。お金のない中でロゴとなるシンボルデザインを作ろうと言うことになり、デザインの費用は出せないので、各社から無償であることを条件にデザインを募集し、投票形式でデザインを選定することを決めた。最初は、なかなか案が出ずに心配した。

 プロでない私でも、アイデアは出してみせるよ、と景気付けの意味で私が一番最初に数案示した。、、、すると、ほぼ全ての主要な会社からデザイン案は出始め、納期間際に出揃った。 厳正なる投票の結果、優れた案が多く票はかなり割れて分散した。残念ながら私の案は不採用となった。でも、 このコンペは大いに盛り上がり、関係者が活性化できたのを覚えている。 みんなが活性化できたことがうれしく、くやしさはなく、むしろうれしかった。まあ、それはそれで良いし、これは将来の自分のために使おうと、その時から思っていたものだった。



 下記のデザインは、そのとき私が作った複数案。たしかここから4つほど最終選考には提出した。


 以上の顛末であったけれど、みんなが出した全案とも素晴らしかった。票が割れたおかげで、それぞれのみんなが、自分の案も採用される可能性が少しあったかな、、、と感じる、気持ちが一つになるイベントだった。おもしろいもんだ。


 JAMBEの設立は、私たち有志の悲願だった、日本全体をまとめることに何度か挫折しそうになり、設立まで8年かかったからね(この時の経緯は、この部ブログの第11-13話)。設立できた時、周りを見渡すと、他社の初代メンバーはすべてかわってしまっていた。初代からのオリジナルメンバーで残っていたのは、人見代表委員長と私のふたりだけであった。

 


 小さな会社がバラバラで競争していたのでは世界に負ける。モデルベース開発の力で一体となってつながり、あたかも1つの巨大企業のように振る舞えるパワーを備えるべきだ、というエコシステム、それがJAMBEのめざすもの。

 私の小さな会社も、志は同じ。なので、JAMBEのロゴとi-Modelsのロゴ、ファミリーだと思っている。

 

 
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〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

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