7.  元寿司職人 が MBDエンジニアに


 これは、私のチームにいたメンバー、彼自身の回想が、プロのライターの手でフィクション化され、MATLABユーザー会:JMAABの書籍になったもので、書籍名は、「京子のMBD奮戦記」。この本で、私自身は「白井騎士」の役名で登場する。
私自身も、その少し前までJMAABのボードメンバーであったので、ここに出てくるたくさんの登場人物はモデルが誰であるか、ほぼ全部わかるつもりで、感慨深い書籍であります。そういえば京子さんにもお世話になりました。うちのメンバーについてネタバレさせてもらうと、彼は、元寿司職人でなく元板前職人であったことは事実でした。

 以下、彼が語る物語を部分掲載する。


2000年の初夏。

 3カ月間の研修を終えて配属された先は、エンジンシステム開発グループ。当時の白井騎士チームです。最初の業務は、C言語を用いてエンジンを制御するモデルの開発です。正直なところ言葉を失いました。これで失業かな……とも思いました。コンピュータ言語の経験は、中学生の頃にBasicでゲームを作った程度です。大きな壁が立ちはだかったと感じました。C言語の勉強と並行して、エンジンの制御の仕様書を理解することにも着手しました。何のために何をしたいのか 何のために何を演算しているのか 演算結果の反映先は何なのか などです。これらを思惟する際に支えになったのが、3カ月間の研修の経験と、そこで築いた人脈でした。分からなければ現場に足を運び頭を下げて教えを乞うて制御仕様書の解読を試み、さらに分からなければ再度現場に足を運び頭を下げて教えを乞いました。この中で「仕事の邪魔だから来るな」と笑いながら言われたこともありました。よい思い出です。


2000年の初秋。

 完成しました。全くの素人同然だった人間が、わずか3カ月間でC言語をマスターしながら、エンジンの制御仕様書からエンジンの制御モデルを完成させたのです。


2005年の初春。

 そんな、こんなで5年もの月日が流れました。しかし、毎年の勤務評定の際には、車両系の開発への異動を申請しておりました。なぜでしょうね? やはり私はわがままなのでしょう……。相当なわがままを言って白井騎士さんを困らせた結果、ついに長年の念願がかないました。車両系の開発への異動が決定しました。行先は、念願のボディシステム開発グループの量産立ち上げ部隊です。当時の車両開発領域は、自動車業界的にもサプライヤさんに依存した部分が色濃く、自らが机上検討を行い、その結果に基づいて設計諸元を決定する意識が希薄な部分がありました。このためMBD(モデルベース開発)に関しても黎明期前の状態であり、理解が得られませんでした。正直、目の前が真っ暗になりました。それと同時に後悔しました。

“白井騎士チームに残っておけば良かった”と……。

 車両系の開発へ移動してから約半年が過ぎた頃です……。うつむき加減に歩く私に声を掛けてくる人がいました。白井騎士さんです。お偉いさんへのプレゼンに使うA0サイズの資料を大きな巻物のように肩に担いでニコヤカに話しかけてきました。「どうしたんね?元気無いように見えるけど?」白井騎士さんの好意に甘えて、少し愚痴を言ってしまいました。そんな私に、白井騎士さんがニコヤカに応えました。「分かってくれる人は必ずおるけん。諦めずに頑張りんさい」“あれ?戻ってこいって言ってくれないんだ?”などと甘えたことを考えながら白井騎士さんと別れました。白井騎士さんとの再会から1週間も経過しない時に、部長が代わりました。

社内でデジタル評価を推進して来られた方が部長に就任されたことで未来が開けたのです。年間数億円近い予算を中期的に付けて頂き、実験の机上化を行うことになりました。


中略


2011年の夏。

 白井騎士さんが社内でMBDを主題とする部会を立ち上げました。声を掛けて頂き、発足メンバーの1人として参加させて頂けたことに今でも感謝しております。


2015年の初春。

 社内に動きがありました。全社を挙げてMBDを推進するため、新たな組織が誕生したのです。MBD統括本部の誕生です。部長だった白井騎士さんが本部長に昇格され、指揮をされることになりました。いつの間にか……。私もMBD統括本部の一員になっていました。10年もの時を経て、恩師とともに新たな活路を切り開くことになったのです。これは運命でしょうか?


以上が 彼の創作物語。 


 一応フィクションですから、事実と一致しない部分はありますが、彼が一流のモデルベース開発エンジニアになった経緯は、意味的に正しいものとなっています。私が白い巻物持って、彼と会話した内容も事実。私が2011年にMBDの部会をたちあげたのも事実だし、2015年に新しい開発本部(本部の名前は違うが)を立ち上げ、本部長に就任したのも事実。


 ここでお伝えしたかったことは、多くの方がモデルベース開発は敷居が高い、自分にはできないと敬遠されているが、そうではないですよ、本気でやれば一流になれます! ということなのです。社内でも風雲児であった彼は、社内で新しい部門を転々とし新しい挑戦を続けていました。そして数年前に、仲間といっしょにエンジニアリング会社を興す、といって独立! 彼はモデルベース開発の力で、人生を切り開いた人、大したもんだと思います。


 ところで、白井騎士、私と別人のように、スラっとしてはる。今後、写真を求められたらこれを使えば良い!?

 

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〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

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