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〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

ヘンジニア

43. 知財発明には原理がある 


 40年前の話である。昔々、あるところに、、、、のレベルの昔話となる。

新人であった私は、前述のプログラム読解の宿題をきっかけに、トラクション制御の開発チームに巻き込まれた。


 いただいた宿題は、この制御プログラムを読んで、知財発明を 勝手にしておいてくれ、と言う宿題だった。プログラムは前回読んだ時よりも、数ヶ月後だったのでプログラムは大改定され進化していた。

 多才ですごい先輩だった。先輩は忙しくて自分で知財を出せないから、 と言う事情だったようだ。

でも、まあ考えてみれば、あれもこれも無茶な宿題だった。

 

 知財部の図書室に山籠りして 他社技術を 読み漁った。一人発明大会だった。 

2ヶ月ほどで、42件の出願案を知財部から 出願承認いただいた。42件の弁理士説明資料は数週間で書き上げた。 

これほどの膨大な技術説明を、どう早く文書化するかも、パズルの楽しみがあった。

 論理のAND OR ,, 図表の一括準備、フローチャートの一括記述、あとは編集組み合わせのみで、、、

 

 先輩のプログラムには 書いていない内容まで、究極まで発想して、飛躍した発明したので、、、、

この知財を どうポイント分配するかが、部門内では問題となったようだった。部門長と先輩たちが、が大きめな声でもめているのが聞こえた。オリジナルは2人の先輩のプログラムで、その開発活動には新人はかかわってきていなかった、一方、新人はそこにはないことまで発明した、これはどのようにカウントにするべきか、、、、というようなことだった。私は0件カウントで良いと辞退したが、おおらかな上司と先輩たちは、42件の全件に私の名前を入れて 共同出願にしてくださった。


 この宿題と事件?をきっかけに 知財発明は わたしの得意分野になった。

 

 他の技術分野でも ある特殊な事情から 代理での特許展開の依頼受けた。 28件出願した。「走り感に関わる車両総合制御」の分野。

こちらの仕事は 別の先輩がやっていた また別の仕事で、先行開発部門である自分たちの部門から、その技術を量産設計部門へ引き渡す仕事。量産部門内に2ヶ月ほど駐在しながらそれを終えて帰ってこいというものだった。その駐在の直前に、担当の先輩は、体調崩して入院したので 急遽それを 引き継いで駐在した。

 量産の仕様書を書くという仕事と、知財発明をやっておく、の2つが私の使命となった。自分がやってもいない仕事の、量産引き継ぎと知財発明をしろというのは、これまた無茶な業務設定だ。

 量産の人と一緒に 知財発明しておいてくれと言うものだったのだが、、、相手は新技術の内容をあまり理解していないのだから、相談するのも無理がある。やむなくまたもや一人特許大会。

 こちらは私の名前は一切入れずに、相手先の量産設計の部門へ全件譲渡を進めた、相手の部門長は、「本当に28件のすべてのポイントをもらってよいのか?」ときいてきたので、「どうぞどうぞ」というと、とても驚いた顔をされていたが、うれしそうだった。

 数日後に、自分のところの上司にこの話が伝わったらしく、それはそれで問題になって叱られた。こちらの部門での 知財ポイントを 失うと年度目標で困るから と言うことだった。個人的には興味がないことだった。会社というところは、めんどくさいところだなと思った。

 

 これらいくつかの知財発明の仕事で 知財部でも私は 発明変人として有名人になってしまった。

ある特定分野の知財については、それが特許として出せるか出せないか、知財部から私のところへ内緒で確認依頼が来るようになっていた。

どの本部から出された知財案でも、その分野の技術は全件私のところに、回ってきた。私が知財部の 仕事を内職していたわけだが、これは上司には秘密であった、叱られるとめんどいのでねえ。

 

 すこしためになる要点をまとめてこの話を終えることにしたい


 ロシアの発明家の手法 トリーズ というのがあると、この10年後くらいに聞いた。100万件の特許を分析した結果、特許の発明原理は、40パターン余あり、その組み合わせだけで 発明は可能である、というものだった。 まさにそうだと思った。その発明原理は、まさに私が発想のパターンとして使っているものだった。

 特許を知らない頃、すごいことのように思い込んでいたが、たくさんの特許を出すようになってからは、定型的流儀さえ身につければ、特許は、時間の許す限りでいくらでも出せるものだ と思うようになった。 何にでもコツはある。


 1)階層整理して知財をマッピング整理(どこまで知財が出ているか知る)

 2)40個の発想要素モデル(出せると決めた部分をさっと出す) 

 3)一括説明 (さっと文書作成)



 会社生活では、数年に一度の気まぐれペースで出願、、、それでもいつのまにか特許を177件出してきた、これは公式記録部分のみ。発明したけれど無償で他人に譲った件数はそれよりも多い。

 自分がMBD部門のグループマネージャであったころ、70名のグループであったが、それまで特許を一件も出したことがない人ばかり。そのグループで年間で1人1件だす目標を立てて、個別指導で、それを実現して、まわりを驚かした。MBDエンジニアは、最高の設計者、開発者、発明者になれるよ、ということを実証した。70件の発明はリードして大半のアイデアは出したけれど、この時自分の名前をいれたのは3件ほどだった。個人件数には興味がなく、わたしの趣味は、人を驚かせること。


 現在、知財発明も コンサルティングしている。 

つい最近、ある会社のあるグループで発明コンサルをしたところ、「このメソッドで1人2件以上のOK件数がでました! これまで出願件数がいつも下位であったチームがTOP出願件数となりました!」 とそこの部門長さんから感謝された。

 自分の専門分野でなくとも 全く怖くはないのは、昔の無茶振り宿題のおかげだ。 何が将来のためになってるのか、わからないものだ。