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30.  燃費30km/hの仮想車両が走る


 2014年、ドイツの有名なMBDツールメーカーである dSPACE社から講演の依頼を受けた。ユーザー・カンファレンス2014で、「SKYACTIV開発を支えたMBD」のお題でお話をさせていただいた。dSPACE社のMBD開発ツールを大いに活用させていただいてきたご縁からであった。


 以下の話は、その講演会でお話しした内容からである


 2011年に、燃費30km/Lのクルマをデビューさせ、いわゆる業界内では、「マツダショック」 と呼ばれる激震となった。多くのライバル社から風に乗って聞こえてくる噂話は、「ハイブリッド車でもない普通のエンジン搭載車両で、こんな燃費が実現できるはずがなく、仕事が手につかないくらい、社内が大騒ぎになっている」とか、「役員から、なぜうちでできないのか?と問い詰められてこまってる」とか、「エンジン開発部門の地位が向上する話であり、悔しいけれど、自分たちの仕事への期待が高まりありがたい話でもある」とか、、、声が届いてきた。


 SKYACTIVの開発は、2012年に、排気量2Lの車でデビューの計画、2012年にCX5が出たので予定通りであったわけだ。とんでもない予定外は、計画の1年前倒ししかも内容のすり替え、「2011年に、1.3Lの小さな車をSKYACTIVとして先行デビューさせる! 燃費はハイブリッド車両並とする!」と急に決まったことだ。しかも目標の高さは気違い沙汰だった。

 この話を最初に聞いた時は、椅子から転がり落ちそうになった。2Lのエンジンは開発中で実機もあったが、1.3Lのエンジンはまだ影も形もない、エンジンもないのだから車もない、実機の存在はゼロだった。にもかかわらず、あとたった**ヶ月で開発せよと! どうするの? TOPは気が狂ったか? と本気で思った。



 でも、これはMBDで挑戦できるチャンスであるとも思った。



 それができるだけのMILS技術は古くから内製開発してきており準備済みであった、机上での構想設計経験もあった。技術は自信あったが、会社の命運を決めるこんな場面で、こんな無謀ともいえる高い目標で、かつこんな超短納期で使うことは初めてだった。右図は2014年のカンファレンス資料であるが、実はこの図は、1997年頃に私が書いた図。当時から車一台のMBD開発環境を持ち、仮想車両を走らせる環境は持っていた。

 たった数名のチームでこの構想設計検討は行った。一流のMBDエンジニア、一流の量産車両開発経験者、、、一流の数名で構成した。私も久しぶりにモデル活用の陣頭指揮をとった。この仕事は驚くスピードで進み、1ヶ月で構想設計を終え、各ユニットへの目標機能配分を終えた。


 この次の行程は、マツダ技報でも紹介している 高速MILS の出番だった。 本物の詳細制御モデルを搭載し、車のハードウェアモデルも搭載し、それでもそのモデルは リアルタイム以上のスピードで動いた。実車から出てくるであろうような、実験生データが、バーチャル環境でいくらでも自動生成できた。 


 さらには、その構想設計結果を、実験検証すべく、 dSPACE社のHILSを用いて、制御アルゴリズムの仕上げも極めて高効率に進んだ。

これは、実物のエンジン制御ECU  と それ以外は仮想の車両モデルで検証できるMBD環境であった。 前行程の高速MILSで計算したパターンの通りになるかどうか、 実物のエンジン制御ECU の機能を事前確認できた。



  これらの相乗効果で、エンジンの一発完動の奇蹟も成し遂げた。百万行はあろうとおもわれるプログラム、その1行、その1データにミスがあっても完動はしないので、これはモデルベースがあって、初めて実現できる象徴的な成果であった。ある大ベテランの制御エンジニアが、驚き、感慨に浸っておられる姿を見た。乾杯をした。その後、毎回、当たり前のように、一発完動を繰り返し、乾杯を重ねた。




  このとき、もうひとつ、過去にない貴重な経験をした。



 過去、モデルベース開発は、量産開発のスピードと平行であったため、実物のエンジンや車と精度の比較され、「5%ずれている! モデルの問題を調べ対策してくれ」のような、仕事も多かった。しかし、この時は、実物ができるよりもはるか前に、「 燃費30km/hの仮想車両」が走っていた。

 あとから実機が出てくるわけだが、マネジメントが良い意味で悪乗りした。「仮想車両モデルで決めた機能に、実車の機能が到達してない! なんだこのズレは! 実車はもっと頑張れ!」 目標機能を先に定義して、それに近づける開発、だった。

 これは、モデルベース開発の、本来の姿であったはずだ。 私たちは、私たち組織は、この出来事から、モデルベース開発の活用の心の持ち方、心のブレークスルーを果たした。モデルベース開発の活用は、急速に加速し、急速に拡大展開でき、会社の風土となった。



 このネタを思い出すだけで、一生、乾杯できる(笑)  


 

〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

ヘンジニア