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20.  デザインとアート


 2016年に、日本工学アカデミーでの 講演を依頼された。いただいたお題は、「デザインとアート」。


  これまで、MBDのテーマでの依頼は多かったが、アートとの関係も語って欲しいとのこと、とても困った難題で、腰が引けた。もうひとつ、腰が引けていた理由があった。よく聞くと、ここの団体、かなり敷居が高い。ノーベル賞で有名なスウェーデンの王立科学アカデミーとも国際連携している姉妹団体。ノーベル賞受賞者 江崎玲於奈氏が発起人で生まれた団体で、現在もノーベル賞受賞者が複数名在籍(天野浩先生野依良治先生、赤崎勇先生(故))、大学学長、名誉教授、技術顧問、、、が多数在籍、、、、そんなところで私が喋るのですか? 辞退することをがんばってみたのだが、依頼してこられた方がハウザー卿の友人の桑原氏であったこともあり、断り切れずに、お受けすることになった。 

 この伏線があっての、右のポスター写真でしめす、2017年の 国際シンポジウム(同じ桑原氏が企画)であったと、後でわかることになる。このシンポジウムでも、同じテーマで、特別講演を依頼された。


 ここで、デザインという意味は、技術設計の方の意味だった。


 同じ話を2回したが、初回は一人での単発講演会、暑い夏であったが冷や汗をハンカチで拭いながらのキツイ講演となった。2回目の国際シンポジウムの時には、講演者は、私だけでなかったので、心強く楽しめた。

 基調講演は、ハーマンハウザー卿、 学術界からは金谷先生 、医学界からは中島先生、産業界からは服部セイコーの服部氏、、、、、パネルディスカッションにも参加して楽しめた。 パネルディスカッションでの話題は、「時計をデザインするアート職人には、コンピュータ支援技術が必要か?」など。論客たちが導いた結論は、「人間とコンピュータのコラボで、人間の能力をさらに引き出すことができるはずだ」、というところに落ち着いた。


 
この結論には、私も合点がついた。私自身、若い頃からプロの絵描きに師事してきた。若い頃は、美術展に出品を繰り返してきた。そのころ、いつもこまったのは、どこで筆を置くかだ。描きすぎるとうるさくなる、描き込みが足りないと、未完成と見える。最後は、過去の画家の作品が助けとなる。最後の一筆の戦略を決めるために画集を1日中めくりまくる。こんなとき、コンピュータがアドバイスくれたらどんなに助かるだろう。と思った。



 
中世の時代、もともと、設計 と アートは 一体であった。たとえば、天才時計職人 ブレゲ は、マリーアントワネットの依頼をうけて、美しい美術品のような時計、かつ、暗闇でも時を知ることができるすばらしい機械式からくり時計、を開発した、など。多くの場合、一人でその両方の最適化をした。あるいは、工房でごく少数のチームでそれを行なった。産業革命が、大量生産のものづくり革新をすすめ、多くの仕事が分業された。扱う技術も複雑となり、とても少数では解決できないものとなっていく。複雑な技術の関係性を、複数で理解して進めることが必要となり、MBDの技術が有益となってきたとも言える。


 MBDがなぜ必要なのか、いきなりMBDの技術を教えても、MBDは広がらないと思える。MBDは多くの人にとっては魅力が理解しがたい。これは数学や物理が苦手できらいな子供が多いのと同じ事情だろう。


 
子供の頃の、感動的体験が、エンジニアの エンジニアになったモチベーションであろう。すごく美しい、素晴らしい機能を持つものへの憧れ、が原体験のはずだ。 時計も、飛行機も、車も、そうだ。これを理解したい、できれば、将来、これを超えるものを開発して、みんなを感動させたい、と思えばこそ、頑張れる。

 でも、現代の物作りは、素手で頑張れるほど容易ではない。そのために、MBDを使いたい、と思っていただきたい。









後日談: 

 ここでも人との、ご縁、絆、を感じることになる。敷居が高かった、日本工学アカデミーであったが、自分自身が、その後、日本工学アカデミーのフェローと成るとは、想定外のことであった。

 これまで自分は、ドクターとかフェローとは無縁でむしろ避けてきた。この件も私では力不足であるからと申し上げて、確か2回ほど丁重に辞退を試みたのだが、複数名の日本工学アカデミー正会員の方から、お会いするたびに熱心に推薦していただき、謹んでお受けすることになった。このご縁で、アカデミーの方達との、大切な絆が続いている。

 

〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

ヘンジニア