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17. コンピュータアーキテクチャ Co-Processor 〜 Co-Pilot 〜 One-Brain

1983年、わたしが新入社員1年目にいただいたテーマは、自動車メーカー内ではありえないブッとんだものだった。

右の写真で、金を纏ったほうが、8087(副 -頭脳半導体)で地味な銀と茶色いほうが、8088(主 -頭脳半導体)だった。副の方が高価でリッチで存在感があった。


コンピュータの設計から制作までを、たしか、、、3ヶ月くらいでやり遂げた。若さに頼った狂人的スピードだった。
ちゃんと動くかどうかの検証が、一仕事だった、最初の検証は、ハンドアセンブラで、機械語を直接入れて、2つのコンピュータが動作することを確かめた。2つの計算スピードはバラバラであるから、ある節目ごとに、時間同期を取る必要があった。それまで、シングルコアで、一筆書きのプログラムしか扱ってこなかったので、この並列処理のプログラムは、嫌になる程面倒臭かった。
ハンドアセンブラでは問屋が許してはくださらない。自動コンパイラ、スクリーンエディッタ、の開発に着手した。こちらもコンピュータハードウェア開発と同じくらい時間かかる大変な開発だった。(今考えると、Intelにはコンパイラーがあったはずであり、買えば済むものだった気がするが)

卒業試験は、このコンパイラで記述したプログラムを、並列処理コンピュータに入れて、浮動小数点演算をきちんと行うことを、実演することだった。 春を待たず冬のうちに、この仕事(学習?)を終えることができた。
1983年、このとんでもない業務設定をしていただいた 上司角田さんには、今も感謝している。でも考えてみれば無茶な業務設定である。普通、新入社員の業務テーマは、先輩が指導できる内容であるはずだが、このテーマは、社内に誰も指導できる人がいない、ぶっ飛んだテーマ。変人のやる気は燃え上がったねえ。
ふりかえるとこの経験で、コンピュータを駆使した開発を自由に行える自信となったと思う。売ってないならば作れば良いと思えるようになったので、その後、制御開発用レゴブロック言語の開発、MILS、HILS、Rapid-ECUの開発、、、、と、まだMBDツールはほぼ売ってない状況であったが、どんどん自作して先行できた。

そしてさらには、Co-PILOTシステムの発案できたことは、Co-Processor(副-頭脳)つながりかな。人間の運転と並行して裏で自動運転を密かに続けるシステム、人間が困った時に切り替わり助けてくれる副操縦士 Co-PILOT (図はマツダ講演資料2021年から ) 、Co-には苦労してきた(苦笑)。
〜 ミスター・モデルベース開発 と呼ばれた男の独言 〜
ヘンジニア