15.  人見さん <第二話>


 SKYACTIVエンジンの誕生、を振り返ってみたい。私は何を書いてもクレームが来ない人見師匠のように暴露本を書く勇気はないので、問題がない範囲での、しかしできるだけ興味深い話を書くことに留意する。


 モデルベース開発を使った革新的開発の予行演習として、小さな技術開発を2つほど行った。1つは今も搭載されている燃費改善技術、もう一つは量産までされなかったが極めて魅力的なスポーツカーに向く性能改善技術。いずれも、信頼性問題が懸念される非常に難易度が高い技術開発だった。しかし、モデルベース開発で、ノイズを抑え込み、極めて短期に良い技術が生み出された。後者の技術については、本社にあるテストコースで、開発を担当したみんなが全開走行を楽しみ、異次元の加速フィーリングに、自己満足に浸った。開発担当としては最高の時間だった。こうして、いくつかの事例で、私たちは少しづつ自信を深め、本番となる、あのとんでもない世界一難易度の技術開発へ立ち向かっていった。

 

 SKYACTIVエンジンの技術の卵が誕生した、2005年頃のある日、人見部長が、「圧縮比15のエンジンを試作してくれ、実験してみたい」とおっしゃる。担当者たちは、それは無茶だと尻込んだ。特にエンジンの専門家の担当者ほど、その指示が信じられなかった。当時のことを、彼らはこう後述している、「少ない人数で成果を出さねばならず、人見さんがあせりすぎておかしなことを言ってるとしか思えなかった。本当に、殿ご乱心ですか?と言いたかったんです。」 世界中が圧縮比11が最高で12への挑戦をしている時代に、圧縮比15は無謀、異常燃焼で成立しないのは明白、エンジンが破壊して部品が飛び散り実験室が危険ですらある。頼むから辞めましょう、という意見ばかりだったのだ。この時の顛末は、すでに当ブロクの 4章に書いたので、そこに譲る。


 このエンジンは、天才の発想力のおかげをもって、意外なほどのポテンシャルをもって生まれ、数々の課題も克服して、どうにかこうにか順調に育っていきつつあった。しかし、障壁は技術だけではなかった。もちろん多くの反対派がいた。。

  あるとき、先輩幹部社員が退職されるということで、退職記念パーティーが開催された。その席には、たくさんの大御所が来ておられた。元実験部の部長の方から、こんな苦言をいただいた。「お前たち、ピンポイントでだけ性能が良い、ガラス細工のように繊細な壊れやすいエンジンを開発しているのではないか!? 品質問題で会社を潰すつもりか!」 と叱責された。 このとき、これに反論するだけのエビデンスはまだ揃っていなかった。この言葉は、この後ずっと数年、心の中でくりかえし聞こえてきて、夜も眠れないほど心配し続けたことを、今も覚えている。

 またあるときは、ベテランの設計者から、こう言われた。「モデルベースで計算してくれない方が良いくらいだ。精度が不十分で、設計者が迷うだけだ」

 いずれも会社のことを思えばこそ、本気で心配して、全力で反対していたのだ。だから今となって振り返れば、その人たちのことを悪く思う気持ちは何も残っていない。当時は辛かったが、そういった叱咤激励があったから、そんな問題が起こらないように、万全を尽くせたと思い、むしろかかわったすべての反対派賛成派の方々に、等しく感謝するばかりだ。


 これらの心配に対して、人見さんは次々に手を打っていった。

 エンジンの信頼性問題については、「致命的な問題を思いつかせたら、トップレベルのエンジニアがいるはずだ。ありったけの問題をすべて思いついてもらおう!」。私たちは致命的問題を思いつくための合宿を行い、実に500件もの、将来起こるかもしれない大問題を洗い出していた。洗い出すだけであれば、ある意味やろうと思えばできることであろう、しかし、見事だったのは、そのあとの対処方法、技術情報の料理の仕方であった。


 みなさんが知る結果だけを記してこの第二話を締めくくりたい。

初代SKYACTIVエンジンがデビューしたのが2011年、万全を尽くしたとはいえ、信頼性問題でクレーム費用がふえて会社が傾くことがないか、どきどきして見守っていたのを覚えている。 

 しかし結果は、性能世界一のエンジンであると賞賛されただけでなく、歴代のエンジンよりも、信頼性品質は二倍以上良かった。

 そしてモデルベース開発の実力は、極めて高いレベルまで到達した。開発に関わった人たちに、モデルベース開発がなければ、このエンジンは生まれなかった、との評価をいただけるまでになった。

 

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〜 ミスター・モデルベース開発       と呼ばれた男の独言 〜

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